現在、国際情勢の変化による飼料・肥料の欠乏や価格高騰、国内自給率の低迷など、多重の苦難が同時に降りかかり、国内農業とりわけ畜産・酪農分野はかつてない苦境に追い込まれている。すでに全国的に農家の廃業や倒産、自殺があいついでおり、放置すれば日本の酪農が壊滅しかねない事態と語られている。この国に生きる誰もが必要とする「食」の基盤が揺らいでいる現状認識を広く共有し、社会全体で打開策を見出すことが求められている。公益社団法人・全国開拓振興協会は18日、Zoomによるオンラインセミナーを開き、「日本の農畜産業の危機と打開策」と題して、東京大学大学院農学生命科学研究科教授の鈴木宣弘氏が講演した。講演のなかから主に酪農畜産業にかかわる部分(要点)をまとめて紹介する。(文責・編集部)

 

限界を超えた酪農の「7重苦」

 最近になってメディアは、酪農の苦境をとりあげ始めている。NHKでは酪農の経営は『二重苦』、TBSは『三重苦』と伝えたが、現実にはそれをはるかにこえた「七重苦」だ。現場はすでに限界をこえている。これ以上の放置は許容できない。

 

 ①生産資材の高騰
一昨年に比べて肥料2倍、飼料2倍、燃料3割高といわれる生産コスト高。
②農畜産物の販売価格の低迷
コストが暴騰しても価格転嫁できない農畜産物価格の低迷。酪農では乳価の据え置き。
③副産物収入の激減
追い討ちをかける乳雄子牛など、子牛価格の暴落による副産物収入の激減。
④強制的な減産要請
在庫が余っているからといって、これ以上搾乳しても授乳しないという減産要請。酪農家は搾ってこそ所得になるのに、搾っても受けとってもらえない。
⑤乳価製品在庫処理の莫大な農家負担金
脱脂粉乳在庫の処理に北海道だけでも100億円規模の酪農家負担が重くのしかかる。
⑥輸入義務ではないのに続ける大量の乳製品輸入
「低関税で輸入すべき枠」を「最低輸入義務」といい張り、国内在庫過剰でも莫大な輸入を継続する異常事態。
⑦他国で当たり前の政策が発動されない
コスト高による赤字の補填、政府が在庫を持ち、国内外の援助に活用するという他国では当たり前の政策がない。

 

そんな折、岸田首相は10月10日に鹿児島県を訪れて、「(廃業寸前にある畜産農家との)車座対話において飼料価格の高騰や子牛価格の下落等によって和牛にかかわっている皆様方が大きな影響を受けているということを改めて感じた」と語ったが、その対策としてあげたのは「飼料の国産化や堆肥の利用拡大」「輸出の強化等による稼ぐ力をしっかり伸ばしていく」というものだ。

 

肉牛、養豚には、通称「マルキン」という赤字補填の仕組みがあり、酪農よりは制度的に恵まれているといわれるが、赤字補填の基金への農家負担も4分の1あるため、農家への補填金額が増えるにつれて農家拠出金も増え、今は拠出金と補填金額があまり変わらない事態になってしまっているという嘆きが肥育農家から聞かれる。

 

国内の農畜産業が資金繰りができなくなって廃業寸前に追い込まれている農家に今必要なのは、飼料国産化推進の前に、緊急の赤字補填、無利子・無担保融資の拡充などであることは疑いの余地はない。しかも、なぜ輸出振興なのか。この期に及んで、まだ何も現場の実態認識ができないのだろうかと理解に苦しむ。

 

すでに始まっている食料危機に対応するためには、政府が掲げる「輸出5兆円」や「デジタル農業」といった夢物語ではなく、足元で踏ん張っている生産者を支えて国内の食料を守ることが先決だ。

 

食料(63%輸入)、種(90%輸入)、肥料(化学肥料は100%輸入)、餌(60~80%輸入)をこれだけ海外に依存していたら、国民の命を守れない。それなのにもっと貿易自由化を進めて、調達先を増やせばいいという発想がまだ抜けていない。海外から食料が入ってこないことが現実になり、国内の生産者が疲弊してしまえば、餓死者が出るような危機に陥る。命のコストを考えれば、国内の生産者を支えることが輸入に頼ることよりもはるかに安いのだ。

 

酪農経営体の推移を見ても、年を経るごとに規模を拡大して飼養頭数を増やす経営体よりも、規模を縮小したり生産をやめる経営体の方がはるかに多い。つまり減った生産量をカバーできないという状況がどんどん強まってくることが予想される。いかに薄氷のうえにあるかということを自覚しなければいけない。

 

コメも酪農も類似の側面がある。コロナ禍では、潜在的な需要はあるのに経済的に買えないという「コロナ困窮」で20万㌧以上のコメ在庫が積み増された。米価は地域・品種によっては農家手取り価格が7000円や9000円にまで下落したが、コメの平均生産コストは1万5000円であり、このままでは中小の家族経営どころか、専業的な大規模稲作経営も潰れることになる。

 

酪農では、都府県の生産減少が趨勢的に続き、北海道の増産が生乳供給不安を解消する役割を果たしてきたが、2021年は全国的に生産が伸び、そこにコロナ禍の影響が重なった。生乳を受け入れてきた乳業メーカーの乳製品在庫が積み上がり、冬休みで学校給食が休止する期間には生乳処理能力がパンクする懸念さえ生じた。政府は「牛乳を飲もう」と呼びかけ、生処販の関係者が全力で牛乳需要の「創出」に奔走した。その努力と能力は評価されるが、これを「美談」で済ますわけにはいかない。

 

2014年のバター不足を教訓に始めた「畜産クラスター事業」で、「牛も設備も倍増させよ」という政府の方針に従って、農家は借金をして規模拡大、増産を進めてきたのに、今度は「在庫が増えたから搾るな、牛殺せ」という。二階に上げておいてハシゴを外すことであり、農家に負担させる方向が強まっている。

 

そして国内では「牛乳搾るな、牛殺せ」といって生産調整をさせながら、同じ補正予算でクラスター事業にも予算を付けている。何をやりたいのかわからない予算措置だ。有事突入といえる現在、「搾るな、殺すな」といっている場合ではない。政府が積極的に増産して買取り、国内の消費者を助け、世界では飢餓人口が八億人に達しているのだから、日本の生産力で作ったものを届ける人道支援で需要を作っていくという方向に財政出動することこそ「前向きな財政出動」だ。

 

米国では、コロナショックで世界の需要が落ち込んだときに3・3兆円の直接給付をおこない、3300億円で農家から食料を買い上げて困窮者に届けた。
そもそも緊急支援以前に、米国・カナダ・EUでは設定された最低限の価格で政府が穀物・乳製品を買い上げ、国内外の援助に回す仕組みを維持している。そのうえに農家の生産費を償うように直接払いが二段構えでおこなわれている。この差はあまりにも大きい。

 

つまり需給の最終調整弁を政府が持っている。在庫を買い上げて国内外の援助に回して需給調整をする。これを真っ先にやめてしまったのは日本だけだ。逆にやっていることは、ホルスタインを1頭殺せば5万円、さらに第二次補正予算では1頭当り15万円払っていいから牛4万頭、4万頭減らすという。

 

今後、国際乳製品需給がさらにひっ迫することは目に見えている。価格高騰どころか、カネがあっても買えない事態がやってきているのに、「増産せよ」、「殺せ」、また「増産せよ」をくり返している。失敗から学ぼうとしていない。

 

農家苦しめ、膨大な輸入は継続

 

搾乳する酪農家

十勝農協連が公表したデータによると、北海道【表①】では、今年2月までの生産資材価格上昇で試算しても、200頭以上の専業的な大きな経営がすでに「搾れば赤字」の状態だ。それ以降の高騰を勘案すると、さらに赤字は膨らんでおり、このままでは大規模層から倒産の連鎖が広がることが現実のものになる可能性がある。

 

都府県【表②】では、100頭以上の経営が大赤字だ。とくに九州は、夏場と秋から春にかけての季節乳価差が大きいため、すでに全面赤字の様相を呈していると予想される。九州最大の大産地・熊本県菊池市では、夏に「大変だ。来てくれ」という声がかかったので行ってみると、もうすでに9割の酪農家が赤字で「もう何カ月持つかもわからない」「年が越せない…」という声を聞いた。飼料価格の補填制度の運営が限界に近づき、分割支払いになるため畜産農家の資金繰りはさらに悪化し、非常に深刻な事態が進んでいる。

 

さらに今年、畜産大手の「神明畜産」(本社・東京)が575億円もの負債を抱えて倒産した。これが酪農家にも打撃を与えている。つまり乳牛(ホルスタイン)の肥育をしていた大きな経営が倒産したために副収入源である子牛の買い手がなくなり、市場によっては1頭110円にまで価格が暴落した。行き場のない子牛を薬で殺しているという状況まできた。

 

産まれた子牛にミルクを飲ませて、丹精込めて育てるのは農家の女性陣の役割だ。現場からは、「牛舎で毎日、毎日、子牛の世話をしたり乳搾りしたり、餌をやったり、子育てや家事に追われる女性たちは、じっと耐えるしかありません。哺乳して子牛の頭を撫でてやり、うまく糞を出せない子牛は肛門周りをマッサージしてやったり、生まれて間もなくの飲みの悪い子牛に1時間も2時間も付き合って初乳を飲ませています」「もう精神的に持たない」「希望をもって安心して働ける日を望みます」という悲鳴にも近い声が寄せられている。

 

一方で政府は、「乳製品の在庫が多い」ことを理由にさまざまな問題が起きているにもかかわらず、世界にも類のない生乳換算13・7万㌧もの乳製品輸入を今年も維持している。これは国際的には「低関税で輸入すべき枠」として決まっているもので、日本がいうような「最低輸入義務」ではない。それを「義務だ」といい張って膨大な輸入を世界で唯一続けている。米国から「お前だけは買えよ」といわれているからだ。コメの77万㌧も同じだ。

 

このような乳製品やコメの大量輸入がなければ、国内の在庫はすぐに捌ける。需給のアンバランスは解消する。にもかかわらず日本は他国がやるような輸入調整を一切やらず、米国にいわれた通りに入れ続けている。

 

しかも、いまや世界の食料需給がひっ迫し、円安効果もあって海外の乳製品の方が高くなっている。コメでも、「ミニマムアクセス米」77万㌧のうち米国から33万㌧を無理矢理買わされているが、その価格は国産の2倍だ。日本の乳製品やコメの方がすでに安くなっているのに、無理矢理輸入して、高くて使い物にならないから餌などに回してまた税金を使うという信じられない話だ。

 

乳製品在庫が過剰だから、国内では「牛乳搾るな、牛殺せ」といいながら、なんとこの乳製品在庫を処理するための「出口対策」を酪農家にも負担しろといって、去年は生乳1㌔当り2円、今年は2円70銭に増額し、去年は北海道だけで100億円もの負担を酪農家が拠出している。コストが倍に上がり、乳価が据え置かれ、倒産しそうだと悲鳴を上げている酪農家に莫大な拠出金を出させて、大量の輸入だけは続けるという異常な事態だ。

 

自国の生産力を保護する欧米の酪農政策

 

欧米諸国では、牛乳乳製品は最も重要な基礎食料とされている。それを生産する酪農は、電気やガスのような「公益事業」と捉えられている。必要な量が必要なときに供給できなければ、子どもを育てることができないので絶対に海外に依存しない。

 

だから欧米諸国は、基本的に乳製品を海外から輸入していない。米国もカナダもEUも、消費量の3~5%は低関税で輸入するという「ミニマムアクセス」の枠だけは決めているが、実際には消費量の1%程度しか輸入していない。40%以上も輸入に依存する日本は、世界でも異質な存在だ。

 

米国では「ミルク・マーケティング・オーダー(FMMO)」制度の下、加工原料乳(乳製品にする生乳)の乳価は政府が全国一本で決め、メーカーはそれに従って農家から購入する。

飲用乳価は加工用より少し高いので、「飲用プレミアム」といって政府が全米2600の郡別に、政府が決めた加工原料乳価に上乗せする値段を決めてメーカーに命令する。これをベースにして乳価が決まるが、今年のように餌コストなどが上がってしまうと酪農家が赤字になることが問題になったので、これを補完するために、生乳1ポンド当りのマージン(乳価から餌代を引いた額)が政府が決定した最低限度額を下回ったときには、政府がその不足分を農家に補填する制度を導入した。

 

カナダでは、全酪農家が参加する「ミルク・マーケティング・ボード(MMB)」が大きな権限をもっているため、寡占的なメーカー・小売りに対する拮抗力が生まれ、価格形成ができる。カナダではMMBを経由しない生乳は流通できない。政府がバター、脱脂粉乳の支持価格(それを下回ったら政府が無制限に製品を買い上げる)を毎年算出するが、その支持価格が改定されると、その上昇分だけ自動的に飲用やチーズもすべての取引乳価がスライドして上がる仕組みになっている。生産コストが上がれば、それがすべての価格に反映されるため、実質的な乳価交渉がない。

 

フランスでも、同じように農家のコスト上昇分を販売価格に反映する「自動改訂」の仕組みを導入している(エガリム2法)。

 

米国が導入している最低限のマージン補償の仕組みは、登録料1万円を払うだけで、100頭経営では約700万円ほどの最低所得補償がおこなわれていることになる。

 

これらの国に共通するのは、政府が決めた支持価格を下回ると政府が無制限に乳製品を買い上げるため、在庫が増えたからといって農家にしわ寄せがくることがない。政府がそれを援助物資として使うことで需給が調整される。こういう仕組みがないと絶対に過剰とひっ迫をくり返すのだ。

 

だが、日本にはこのような仕組みがまったくない。畜安法改定で、こうした政府の役割を条文上も完全に廃止してしまった。畜産クラスター事業で増産を促しながら、コロナ・ショックで在庫が増えれば、酪農家のせいではないのに、そのしわ寄せが酪農家に押し寄せている。

 

こういう状況のなかで今、残念ながら酪農家さんが自ら命を絶たれることが起きている。網走、千葉、熊本……先日も夫婦二人で亡くなったという話も聞いた。こういう悲劇は政治行政が絶対に起こしてはいけないことだが起きてしまっている。酪農家の皆さんはたいへん苦しいと思うが、とにかく今は踏みとどまっていただきたい。

 

現在、世界の乳製品の需給はひっ迫してきており、どんどん国際乳価と日本の乳価の差は縮まっている。必ず日本の酪農の競争力は高まってくる。今、国内の牛乳乳製品がしっかりと持続、供給できなければ日本国民の命も持たない。外からものが入ってこなくなっても国民の命を守り、経営を守るためには絶対不可欠な存在なのだ。今を凌げば絶対に未来は開ける。そのことを忘れずに一緒になって前を向いていかなければいけない。

 

未曾有の危機になぜ政治は動かないのか

 

高騰する乾牧草

日本では、1㌔当りの「乳価―エサ代」が少なくとも30円なければ農家は生活できないといわれていたのに、今はほぼゼロという段階だ。最低でも1㌔当り30円足りない。切実な声を受けて取引乳価の値上げ交渉で飲用乳1㌔当り10円(加工乳が8割の北海道では2円)値上げされたが、エサ代は30円上がっており、焼け石に水だ。先日、茨城県土浦市で酪農家の集会に呼んでいただいたが、農家によっては1㌔当り50円足りないという切実な声もあった。想像以上に現実は厳しい。

 

思い返すと、2008年の餌危機には、酪農家さんは筵(むしろ)旗を立てて大運動もしたが、そのとき政治家がまず動いた。今回は政治行政が一切動いていない。驚くほどの差だ。当時、私は農水審議会・畜産部会長として大きな政策決定にかかわったが、まず酪農家の大運動が起き、それを受けた永田町(自民党農林族の議員)―大手町(JA全中)―霞ヶ関(農水省)のトライアングルが動いて、そこから政策案が審議会に上がってくるという構造がまだ生きていた。

 

あのときには、加工原料乳の補給金を史上初めて年度途中に期中改定した。飲用乳価も緊急補填(1㌔当り3円程度)を2回ほどやった。この政策の動きをシグナルにして、民間サイドの小売りやメーカー、消費者に「価格転嫁を受け入れて下さい」と呼びかけ、審議会でも理解醸成を進め、結果的に取引乳価が15円引き上げられた。

 

今こういう流れが一切起こらないのはなぜか。今の政策決定過程は、巨大な日米のオトモダチ企業が官邸に要望すると、それが規制改革推進会議に下りてきて、そこから命令が出ると、永田町も大手町も霞ヶ関も微修正程度しかできず、ただ従うだけの関係になってしまっている。そういう流れで考えると、「今だけ、カネだけ、自分だけ」の人たちが政策を決めるのだから、彼らにとって現場の農家の苦しみなど関係ない。むしろ農家にやめてもらった方が、企業が農業に参入しやすくなり、もうけられるところだけとって農地は転売し、ピンハネすればいいという考え方しか思い浮かばない。だから政治行政が動きにくいのだ。

 

先日の補正予算前、とりあえず予備費で酪農危機に対応ということで、搾乳牛1頭につき、府県で1万円、北海道で7200円という政策が出た。だが、私が事前に主たる政治家から「これで決まった」と聞いていたのは、一頭当り5万円くらいだった。「酪農家に伝えていい」という話もあったので個別に連絡した農家からは「これならなんとか一息付ける…」という声も出ていた。だが、フタを開けてみれば1頭当り1万円以下だ。以前の政策決定のメカニズムが機能していない。

 

一応、飲用乳価は11月から10円上がったが、加工原料乳価は乳製品在庫が増えているから上げられないということで、民間の取引価格も1銭も上がらず、政策も動いてない。

 

こうなると北海道は生産生乳の8割を加工原料乳(低価格)に回し、府県はほとんど飲用乳に回しているのだから、北海道の加工原料乳価と東京の飲用乳価との差額がどんどん開いていく。

北海道は「我慢も限界」「背に腹はかえられない」となり、「たとえ輸送費を払ってでも、都府県に価格の高い飲用乳として持って行った方がいい」となり、アウトサイダー(指定団体を経由せず個人農家を一本釣りする卸売業者)による流通も増える。要するに昔から問題になっている「南北戦争」(北海道と府県との競合)が激化することになり、どんどん安売り競争になってみんなが共倒れするという状況になる。そこまでみんな追い込まれている。

 

「脱脂粉乳在庫が多いから加工原料乳価が上げられない」という意見もあるが、需給緩和(在庫増加)は酪農家の責任ではない。酪農クラスター(増産促進の補助制度)による政策誘導とコロナ禍が重なった結果だ。それなのに倒産しそうな酪農家に生乳1㌔当り2・24円もの在庫処理金を負担させ、酪農家の倒産が加速しても乳価はそのままという不条理が続いている。

 

こんな深刻な事態が起きているのに、国政では中国への経済制裁強化や、「敵基地攻撃能力」などが議論されている。本末転倒だ。少なくとも他の諸国は、食料を自給したうえで経済制裁といっているのに、これだけ食料も農業も蔑ろにして「武器さえあれば勝てる」というのはまともな安全保障ではない。経済制裁した時点で日本が逆に兵糧攻めにあって、戦う前にみんな飢え死にだ。武器ばかり揃えても、食べるものがなければ生きていけない。国内の食料・農業を守ることこそが防衛の要だ。

 

農家の最低所得補償がない日本

 

日本がまともな政策がとれないのは、背後に米国の圧力がある。他国ならば自国の需給状況に応じて輸入量を調整するが、日本はコメの77万㌧も、乳製品の13・7万㌧(生乳換算)の輸入も「最低輸入義務」として履行し続けている。これは明文化されない米国との密約(文章に残せば国際法違反)があるからであり、自国の食料を海外の人道支援に回すことも「米国の市場を奪うもの」として米国の逆鱗に触れるからやらないのだ。

 

牛乳乳製品についていえば、TPP(12カ国で進めた環太平洋自由貿易協定)の準備段階で米国も含めて7万㌧の輸入枠を増やすという話だったが、言い出しっぺの米国がTPPから離脱したのに、日本はTPP11の発効に突き進み、抜けた米国への譲歩枠も含めてカナダやニュージーランド、オーストラリアに差し出した。これらの国は大喜びだ。

 

当然、米国は黙っておらず、「オレの枠をどうしてくれるのか?」ということで日米FTA(二国間貿易交渉)を要求され、米国のためにさらに3万㌧を上乗せで譲歩した。TPPは潰れたのに、TPP以上の犠牲を日本の酪農が負わされたのだ。さらに日本とEUの自由貿易交渉では、チーズの関税を実質全面撤廃してしまった。

 

日本にはあれこれと制限をかける米国だが、自国の農業予算は年間1000億㌦近く確保し、しかもその64%を消費者支援(SNAP)に向け、各世帯の所得に応じて最大7万円(月額)の食料購入ができるEBTカードを発行するために10兆円かけている。消費による恩恵は、生産者に還元されることになるので、消費者支援と生産者支援を表裏一体のものとして農業予算にしている。

 

さらにコメでも、販売する価格と農家にとって必要な価格の差額は100%補填する。農家への補填額は輸出向け穀物だけで1兆円規模になる年もあるほど所得補填が充実している。先述したように酪農でも「乳価―飼料代」の差額を補填している。

 

日本では「収入保険があるじゃないか」という議論が出てくる。日本の酪農には、牛肉や豚肉のような「マルキン」(生産費から市場価格を引いた赤字の9割を基金で補填する)の仕組みはないが、収入保険ができたのになぜ入らないのか? という主張だ。だから「収入保険に入っていない農家が悪いのだ」という論駁も聞こえてくるが、冗談ではない。

 

収入保険はそもそも過去5年間の平均収入よりも下がった額の81%を補填するものであり、過去5年間の水準がすでに低すぎれば、それより下がった額の81%を補填したところでセーフティーネットにならない。米国のように農家にとって必要最低限の価格を計算していないことが問題なのだ。もっと深刻なのは、文字通り収入しか見ないので、今回のようにコストが2倍になるような事態にはまったく対応していない。使いものにならないものであり、制度を変えることを要求しなければならない。

 

共同販売の解体狙う規制改革推進会議

 

戦後の日本は、米国の余剰生産物を押しつけられ、胃袋から占領される輸入依存病に冒されてきた。それまでは大豆もトウモロコシも自給していたわけで、それさえあれば畜産・酪農も自前の資源で生産できたのだ。それが米国の余剰穀物をはかせるために変えられ、自動車を輸出するために農業を生贄にすることが、日本の経済貿易政策の基本になってきた。

 

畜産・酪農関係では、2018年に畜安法が改定された。酪農家は酪農協に集まって共同販売する。牛乳はみんなで集まって売らなければ秩序ある流通はできないので、共販は非常に重要な機能であり、それによって価格も流通も安定して消費者に届けられる。だから、農家が集まって共同販売をすることは、巨大な買い手(メーカー)との交渉力を対等にするために独占禁止法のカルテルにはあたらない「適用除外」とすることが正当な権利として世界の常識になっている。

 

それを日本だけが「共販によって農家と農協が不当な利益を得ているから、これをやめさせる」といい始めた。まず規制改革推進会議が「独禁法の適用除外をやめろ」といい始めたが、そのうち面倒くさいから公正取引委員会を政治的に使って共販をやろうとする農協をとり締まり、酪農については法律まで変えて共販を実質できないようにしてしまえという法改正をやった。このとき、さすがに義憤にかられて官邸に直談判した農水省の担当部長や課長は、制裁人事で飛ばされた。

 

さらに、コストが2倍になっても価格転嫁できないのは、すべての農産物が小売りやメーカーから買い叩かれる力関係にあるからだ。イオンなどの巨大小売りが「この値段で売る」といえば、逆算して農家に払う額が決まるため、はじめから農家の生産コストなど眼中にない。共同販売の力によって、コメは60㌔当り3000円、牛乳では1㌔当り16円程度、農家の手取りを押し上げているものの、それでもまだ押されている。それなのに巨大なメーカーや小売りは、「共販で不当な利益を得ているからやめさせろ」という。つまりもっと買い叩かせろということだ。

 

本来は、巨大小売りの「不当廉売」や「優越的地位の乱用」こそ独禁法でとり締まられなければならないのに、それは放置したまま、一番苦しんでいる農家側をさらに潰して買い叩けるようにしろというとんでもない話だ。こんな規制改革推進会議こそ潰さなければならない。

 

ぜひ消費者のみなさんには、私たちの足元で頑張って生産している農家を守らなければ、海外から日本を「ラストリゾート」として入ってくるホルモン剤や成長促進剤入りの食肉や乳製品、禁止農薬漬けの農産物だけとなり、自分たちの命も守れなくなるという事態についてしっかり認識共有してもらいたい。

いくら安いものがいいといっても、農家が潰れたらビジネスもなくなり、安心して食べるものもなくなる。それがまさに今直面している事態であることを噛みしめなければいけない。生産者と消費者が支え合う「強い農業」をつくっていくことが今こそ必要なのだ。

 

消費者も生産者とともに政府を動かす大運動を

 

北海道の放牧牛(釧路市)

今外からものが入ってこない、餌が高くなっているという事態に対して、どのように農家経営を守るか。そのためには消費者の理解も必要であり、政策も動かなければいけないが、できるだけ早く国内の資源を循環させる酪農畜産にもっていく必要がある。

 

その一つは草の利用だ。北海道の根釧地域の「マイペース酪農」の皆さんは、基本的に草を循環させるというまさに江戸時代のような農業(放牧酪農)をやっている。確かに経産牛頭数は、この地域の農協平均の半分以下(43頭)だが、資金返済後の所得は平均と変わらない。2020年の数字を見ると、放牧酪農の方が通常酪農の平均よりも返済後所得は上回っている。

 

同じく足寄町では、放牧酪農がどの農業経営のスタイルよりも利益が上がっており、新規で放牧酪農をやりたいという希望者が増えて順番待ちをしている状態だという。

 

とくに北海道を中心に、草が使えるところでは未利用資源を活用した循環農業をいかに早く採り入れていけるかが鍵になる。

 

そんなことは府県では難しいといわれるが、たとえば千葉県のT牧場では、トウモロコシのかわりにコメを使っている。コメの砕き方を工夫すれば、トウモロコシのほとんどをコメに置き換えられるという技術を開発している。だから餌は、米粒、飼料用稲(WSC)、米ぬか、飼料米、みりん粕などのコメ由来のものが半分以上を占め、輸入の配合飼料は数%しかない。ここまで持って行けたら輸入飼料が高騰してもある意味ではビクともしない。このような技術を横に展開して備えていくことは有効だ。

 

そして何よりも、この苦境を乗り切るためには政府が抜本的に動く必要があるということをみんなでいっていかなければならない。そもそも30兆円もの補正予算はどこへ消えたのか。酪農家に牛乳1㌔当り10円の補助を、国内生産量750万㌧すべてに出しても750億円であり、予算に対して微々たる額だ。

 

酪農家の必要補填額は、1㌔当り30~50円だという深刻な実情も語られている。1㌔当り30円を全酪農家に補填するとして、すでに飲用乳が1㌔当り10円上がっていることを勘案すると、府県では残り20円、北海道(8割が加工原料乳で2円しか上がっていない)では残り28円。搾乳牛1頭(牛乳1万㌔搾れると計算)に換算すると府県では1頭当り20万円、北海道では28万円だ。これを交付してもわずか1800億円だ。

 

財務省は「そんなお金は絶対払えない」と突っぱねてくるだろうが、それが間違っていたからこそこの危機的事態になっている。安全保障強化の名の下に、F35戦闘機(147機)に6・6兆円も使い、防衛費は2倍(5兆円増額)にしてもいいというのなら、食料を守ることこそ防衛であり、武器を買う前に食料予算こそ増やすべきだ。

 

財務省が牛耳る現在の枠組みではこのような予算は付けられない。だから今後はみんなで動いて、議員立法で「食料安全保障推進法」を成立させ、財務省の縛りをこえたところで数兆円規模の安全保障予算として食料生産、酪農畜産にしっかり予算を付けることができると考えている。

 

なぜ補正予算30兆円のうち、一定額が農業予算に注がれているはずなのにダイレクトに農家に届くものがないのか。

 

私が2008年に農水審査会の座長をやっていたときも、酪農畜産の緊急予算として4000億円規模の予算を決めたが、酪農家に直接届いたのは、飲用乳の1㌔当り3円程度の補填、せいぜい200億円程度だ。「なぜ4000億円もの大きな枠がありながら、今最も支えを必要としている酪農家に届くのが200億円しかないのか!」ということで審議会では消費者側の委員も怒った。まさにそのことを今思い出さなければいけない。

 

今おこなわれている食料農業基本法の改正ではとても間に合わないし、そこでの論議にははっきりいって期待はできない。だからわれわれでやるしかない。みんなの力で、消費者にも動いてもらい、このような立法をするために各地の議員さんも超党派で進めてもらいたい。

 

現在、食料危機と深刻な農業危機が同時に到来しているが、農の価値がさらに評価される時代が来ている。今を踏ん張れば未来が拓ける。輸入に依存せず、国内資源で安全・高品質な食料供給ができる循環農業を目指す方向性は子どもたちの未来を守る最大の希望だ。

「世界一過保護」と誤解され、本当は世界一保護なしで必死な思いで踏ん張ってきたのが日本の農家であり、それでも世界10位の農業生産額を達成している日本の農家はまさに「精鋭」といえる。

しかも、江戸時代には自然資源を徹底的に循環する日本農業が世界を驚嘆させた実績もある。その世界の先駆者としての底力を今こそ発揮し、国民も農家とともに生産にも参画し、みんなで食べて支えるという流れを早急につくっていきたい。私たちは絶対に諦めることなく、ここで踏ん張って未来を築こう。正義は勝つ、こともある。