人はどこから来たのか 人類の起源

人はどこから来たのか 人類の起源

今、私たちが住むこの世界、この宇宙や生命の宿る地球はどのようにして生まれてきたのでしょうか。

 

私たちの住むこの世界は、驚くべき秩序を持った自然法則の中で動いており、それ故にこの生命を維持し、生命の営みを続けていくことが出来ています。

どのようにしてこの世界が、このような姿になっているのでしょうか。偶然が重なって出来たことなのでしょうか。

人間には出来ることと出来ないことがあります。

今日では、テクノロジーが発達し、以前よりは便利で快適な暮らしをすることが出来るようになってきました。新型コロナウィルスが広がってきたときにも、IT技術やインターネットによって、場所は離れていても映像を見て会話のやり取りが出来るようになりました。飛行機で海外の国々へ渡航することも出来るようになりました。小惑星探査機「はやぶさ2」の打ち上げ中継を見て感動したものです。

しかし、最先端の科学者の方々に聞けば、「人類はまだまだ知らないことがたくさん

はやぶさ2

あることが分かっているに過ぎない」と言われているのです。

 

「人がどこから来たのか」について、日本においては大きな影響を与えているものは「進化論」であると思います。多くの方々が学校で習った「進化論」の教え(これは科学的にも立証されておらず仮説に過ぎないものであるにもかかわらず、真実であるかのように教えられています)を信じているようです。

しかし、「人はどこから来たのか」という真実を探っていくと、聖書が語るように、神がこの世界を創造したと考える方が、今日まで発見されてきた科学的、考古学的、生物学的、天文学的な検証結果に照らし合わせても納得できるものであると考えます。この点について説明いたします。

 

物質から生命は生まれない

 

人類がどこから来たのか、ということについても、進化論のような仮説はありますが、それを科学的に検証することは出来ていません。

雨水がたまったところには、いつの間にかたくさんの微生物が発生することがあります。そうしたことを見ながら、19世紀に至るまで多くの人々は、これらの生命は自然に発生してきたのではないかと考えてきました。

しかし、1864年にパスツールが、完全に殺菌し、外部から菌が入ってこないようにしたところには決して生命は生まれてこないことを証明しました。物質から生命が生まれるということはあり得ないのです。いままでどのような実験においても、無生物が生物になることは、実証されていないのです。

これは私たちも経験で分かっていることでしょう。部屋においてあった石ころからある日ねこが生まれたなどということはあり得ません。しかし、進化論を唱える人たちは、突然変異や自然淘汰によってとても長い年月が経過する中で、次第に進化してきたと考えました。1日や2日では出来なくても、何百億年もの年月が経過すれば、それは可能になるのではないかと仮説を立てたのです。

しかし最近、分子生物学の研究が進むにつれ、細胞や、細胞の構成物質のことがよくわかるようになってきました。それによって、無生物の中から生命が発生することは何億年かかっても起こり得ないことが、わかってきました。
 細胞の構成物質である「アミノ酸」程度のものは、自然界でもふつうに形成されることがあることは知られています。しかしアミノ酸と一個の細胞とでは、砂粒と超高層ビルディングとの差ぐらい、複雑さの点で大きな差があるのです。無生物の中から一個の細胞が自然発生することは、大地の中から自動車が自然に出現することより、もっと難しいのです。
 ある統計学の学者は、今のようなこの宇宙や地球がこのように存在していることは、確率という観点から言えば、12階建てのビルの屋上からバラバラになった時計を投げて、それが下に落ちるまでに完成した時計になっているよりも難しいことだ、と言いました。

私たちが今ここに住んでいる宇宙や生命の営みが続いている地球は、ありえないほどの秩序と調和の中でこの生命の営みを続けているのです。

そして、これが偶然にできる確率は、「不可能」ということです。当然のことですが、進化論が唱えているように、物質から下等な生命、そして次第に高等な生命に進化していったということは科学的に立証することは出来ていません。

科学的に証明されるためには、何度も繰り返して同じ結果が出るのでなければ立証できないのです。

熱力学第1、第2法則

 

熱力学第1の法則は、エネルギー保存の法則とも言われます。エネルギーは形を変えることはあっても、消滅したり、新たに生み出されたりすることはないというものです。

熱力学第2の法則はエントロピー増⼤の法則とも呼ばれます。 エントロピーとは、乱雑さとか、複雑さを意味します。秩序あるものが無秩序になっていくさまを「エントロピーが増⼤する」と表現します。 この法則によれば、「すべての物質的なものは無秩序へ向かう傾向がある」と説明されています。

これも私たちが普段経験していることでしょう。新築の家を建てても、それは次第に風化し、壊れていくのです。

第⼀の法則の例で説明すると、「エネルギーの変化(燃焼)によって熱や光などを⽣じさせた燃えかすは、燃焼前の状態には戻すことができない」という意味になります。

熱⼒学第1と第2の法則は、いまある物質世界が新たな物質を⽣み出すことがないこと、そしてすでに存在する物質は形を崩し、混沌と無秩序へ向かっていることを述べています。 進化論の論理展開では無⽣物が⽣物になり、さらに複雑な⽣命体へと進化するとされていますが、この法則によれば、進化ではなく、むしろ退化していく傾向にあるということです。最初の⽣命が無⽣物から⽣じる確率はほとんど皆無です。しかしほとんど皆無の状態の確率から⽣命が⽣まれたことを説明するために、進化論者は気の遠くなるような時間を想定して少しでも確率が⼤きくなったように論を展開します。 「科学的」な態度によって忠実に判断するのなら、熱⼒学第1と第2の法則により、「無から有は⽣み出せない」ことと、「すべての物は無秩序に向かいつつある」ことははっきりと分かるはずです。

人間の体は、旧い細胞が死んで新しい細胞が生まれるということを繰り返していますが、どのような人であれ、次第に老いを迎え死を迎えることになります。生物学者の安藤和子博士は、突然変異によってよりよいものが生み出されることはないと言っておられます。長い年月が経過したとしても、よりよいものへと進化するということはあり得ないのです。

それではなぜ、このような生命の宿る世界が、このように存在し続けているのでしょうか。それは、聖書が語っているように、創造主である神によってこの世界が創造されたと考える方が理にかなっていると言えます。

 

中間種はいない

 

進化論者を支持する人たちは、今日まで、生物は単細胞生物→無脊椎動物→魚類→両生類→ハ虫類→鳥類やホ乳類→人間というように、下等なものから次第に進化してきたのだと主張してきました。
 しかし、もし本当にそのように進化してきたのだとすれば、これら生物の各種類の間に、「中間型」(移行型)の化石が、数多く発見されているはずです。しかし今日、世界中で様々な種類のおびただしい数の化石が発掘されていながら、真に「中間型」であると認められている化石は、一つも見出されていません。たとえば、アメリカの著名な古生物学者キッツ博士は、次のように述べました。
 「古生物学者は、中間型がないのが事実であるということを認める状態に、いよいよ傾いている」。
 創造論を支持する科学者として有名なギッシュ博士およびブリス博士も、次のように述べています。
 「化石記録上、種の間には整然とした間隔があります。進化モデルに基づいて期待される中間型の化石は、単細胞生物と無脊椎動物の間、無脊椎動物と脊椎動物、魚類と両生類、両生類とハ虫類、ハ虫類と鳥類またはホ乳類、または下等なホ乳類と霊長類のいずれの間にも見出されません」。

かつて、「始祖鳥」が、鳥の進化途中の生物と考えられていたことがありましたが、始祖鳥の化石が出てきた地層よりもさらに古い年代とされる地層から完全な鳥の化石が発見されました。現在では、始祖鳥は中間種ではなく、絶滅した鳥の一種だと考えられています。

始祖鳥(想像図)         

「シーラカンス」も、今では中間種ではないと考えられています。シーラカンスは、現在もマダガスカル島沖で発見され、研究の結果中間種ではないと言われています。

アメリカの著名な科学者ゲーリー・E・パーカー博士は、数多くの有害な突然変異のなかで、たとえ万一、その生命体に一つ、あるいは幾つかの「有益な」突然変異がおこったとしても、結局それも生命体を進化させることは不可能だったことを、明らかにしています。( 『インパクト』(聖書と科学の会)41号)
  突然変異によって引き起こされた欠陥や障害は、歳月とともに遺伝子の中に重い「遺伝荷重」を負わせ、積もり積もっていくからです。「遺伝荷重」とは、言わば生命体にかかる負担であり、それは遺伝的に次の代に伝わっていくので、代を重ねるごとに重くなり、ついには致命的なものとなるのです。
  したがってその過程で、有益とみえる変異がたまたま起こったとしても、積もり積もった数多くの障害の中で、それも役に立ちません。人間の場合でも、時に若返るように見えることがあったとしても、歳月がたてばやがて老いを迎え、死を迎えていくのです。

生命体に真に有利な突然変異というものは存在しないのです。

また実際に、一つの種から他の種に移行した生物を見た人、その中間種を見た人も、ひとりもいません。もしも人間がサルから進化して生まれてきたのであれば、この世界に30%は人間、70%はサル、90%は人間、10%はサルというような中間的な存在があちらこちらにいるはずなのですが、そういう者はどこにも存在しないのです。

サルはどのサルでも100%サルであり、人間はどの人間でも100%人間なのです。創世記1章26節には以下のように記されています。

1:26 神は言われた。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」

1:27 神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。

1:28 神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」(創世記1章26~28節)

 

神は、不完全な人間を創造されたのではなく、100%今の人間と変わりのない人間として創造されたのです。

あなたの造り主はおられる(高原剛一郎)より

 

以下に、高原剛一郎さんの集会での動画、「あなたの造り主はおられる」を文字起こししてご紹介いたします。言葉は少し文章用に書き換えさせていただきました。

 

2018年は明治維新150年でした。

この明治時代ですが、明治元年~5年までは江戸時代のお触れがまだ続いているものがありました。それは「キリシタン禁教令」です。

明治に入っても、キリスタン、バテレンはけしからんということで、聖書は自由に読めない、集まっていたら弾圧される、ひどい場合には水責め、火責め、拷問。

明治に入ってから殉教者は670人いたといわれています。

 

ところが明治6年11日をもってキリスト教禁教令撤廃。

もう自由に聖書を読んでOK! そして世界中から宣教師がやってくる。

そういう中で、明治7年に実は日本の明治政府の文部省が、

その当時の公立学校にこれを使いなさいといって配布した教科書が残っているのですが、その教科書がすごいのです。

当事の学校は小学校、中学校、大学の三つしかありません。

 

そして教科書は民間が作ったものを文部省が検定するのではなく、文部省自らが書くのです。

それで当事の小学校の国語のテキストは小学読本というのですが、

それに何と書いてあるかと言いますと、

「この世界は創造主なる神によって造られた」

と書いてあるんです。

そしてもう少し上に行きますと、万国史畧(りゃく)という教科書があるのですが、

これは世界史のことです。

 

明治7年に文部省によって書かれた世界史の中に何と書いてあるかというと、

正確な言い回しではありませんが、現代訳にして言うとこういうことなのです。

「西洋によるならば・・・」という但し書きがつくのですが、

「西洋によるならば、紀元前およそ4000年前、神武天皇紀元前3350年ほど前に

メソポタミアの中心を流れているユーフラテス川の湖畔で最初の男女2人が出現し、

男の名前をアダムと言い、女の名前をイブと言った」と書いてあるんですよ。

 

これは明治時代の中学校で習う世界史。続きがあります。

「それからほどなく時間が経ち、前もって大洪水の情報を知った人物が、

大きな船を造り、その中に家族を入れて大洪水の水難から逃れた。

その人物はノアと言う。このノアから子孫が分かれ出て、

ヨーロッパ、アジア、アフリカに広がって行った。

これが現在の世界のスタートであると言われている。」

これが日本の明治7年の教科書でした。

 

皆さん何か違和感ありません?こんなこと公立学校で教えていいのかー?と。

私が公立学校で講演を頼まれる時、キリスト教伝道師と言って行くのではなく、

ラジオパーソナリティとして行きます。

聖書と言えばミッション系の学校でない限りアウト!ですよ。

ところが明治の文部省の教科書には、アダムとイブやノアや聖書の価値観など

創世記にあることが書かれているのです。

 

ところがそれを読んだある人物が、烈火のごとく怒るのです。

その人物の名前は葵川信近という人。この人は筋金入りの無神論者なのです。

そして日本の公立学校の教科書の中に、天地創造の神のことなどが出てくるなんぞけしからん!と怒ったのです。

実は世界観の問題と言うのは感情的になりやすいトピックスなのです。

自分はこれが真理だ!と思っていることを真っ向から否定された時に、

ものすごく感情的にイライラする事なのです。

 

そして、この創造論、この世界は神によって造られたという考え方を阻止するために、

それに替わる世界の成り立ちを語っているものはないかと調べたところ、

進化論を見つけるのです。

 

そして明治7年に彼が一番初めに日本に進化論を導入したのです。

まだ「種の起源」が書かれて15年しか経っていない時です。

そしてここで覚えていてほしいのは、彼は自然科学者ではありません。

つまり進化論が真理である、立証されている、実証されている、これは間違いのない真理だ、ということがわかったので導入したのではなく、

聖書の世界観を阻止するための戦略として導入したのです。

 

以降、進化論は学校で科学の装いをもって教えることになって行くのです。

これから3年後の明治104月に東京帝国大学が開設されます。

東大です。

そして4月に開校した時に東京帝国大学の外国教授陣の大半は宣教師だったのです。

ところが6月にエドワード・モースという人物が招へいされてくるのですが、

この人が進化論者だったのです。

そして彼は、帝大の教授の中にたくさん宣教師がいたのを非常に嫌がった。

なぜかというと、アメリカではその当事進化論と言うのはありえない!

ということで、モースは進化論学者であったがために冷遇されていたのです。

その恨みもあったのか、帝大の教授たちの研究成果はあまり見るべきものがないからということで、

この宣教師達を皆追放していくのです。

そしてモースによって進化論を土台とした生物学が学ばれるようになるのです。

(当時欧米での教育機関は進化論を教えていませんでした。

日本は世界に先駆けて進化論を教育に取り入れた国とも言えます。

以降150年間に亘り、神なんかいないんだ!神なんかいないんだ!進化論!進化論!と、

これはもう日本人のメンタリティーの中にしみ込んでいるかもしれませんね。

しかし、創造主がおられるということは、この進化論学者の中からも、

やっぱり神の存在を認めざるを得ないのではないかと言う学者達が出てくるのです。

 

皆さんは竹内均さんと言う方は御存知ですか?

進化論を一般向けに伝えることを使命にした「ニュートン」と言う雑誌の初代編集長です。この人は進化論を発信する著作が多いですが、同時に進化論を否定する著作も多いのです。

進化論を真っ向から否定している本の翻訳家、監修家としても知られています。

彼は基本的には、私は進化論と言いながら、

でも創造主がこの世界をデザインなさったとしか言いようのないこともあるのだと言って、

一つの例をあげています。

 

それは何かと言うとフクロウチョウです。

なぜこのような名前かというと、それは蝶々の羽の模様がフクロウそっくりなのです。

フクロウの目玉の黒目の潤いというか、少女マンガにある目のような、

そういうところまで再現するほどにフクロウそっくりのデザインをもっています。

背中に背負ってるのがフクロウの絵像なのです。

実はこのフクロウチョウには天敵がいて、それが小鳥なのです。

そしてこの小鳥にも天敵がいて、それがフクロウなのです。

つまりフクロウチョウは天敵の天敵を背中に背負って自らを守ってる。

 

竹内先生はどうしてこのようなデザインを持っているのか不思議だとおっしゃるんですけど、というのはフクロウチョウが活動するのが昼間なのです。

ところがフクロウは夜行性。

同じ場所に住んでいたとしても一生涯お互いの姿を見ることはありません。

ましてや天敵の天敵がフクロウであるという関係もフクロウチョウは知るはずもありません。なのに、なぜ背中にフクロウが描いてあるのか?

これは、フクロウチョウと小鳥とフクロウの習性をすべて知りつくしている

グランドデザイナーが組み合わせたとしか、思えないではありませんか。

と書いているのです。

実に不思議だー困ったーみたいな。

困らずに(神を)信じます!と言ってくださいって!

 

進化論というのは偶然に物質が命に変化して、気の遠くなるような時間を通して、

次々と環境によって別の生き物に変化していき、

とうとう人間に変化したというんですけれど、

このことを実験的に実証できた例はひとつもありません。

以上は、高原剛一郎氏の「あなたの造り主はおられる」と題してのユーチューブ動画からの引用です。

 

人類の進化を表すとされた図から

教科書に書かれた、このような図をご覧になった方もあると思います。

これは、サルから人間に進化してきたと説明されるところで引き合いに出される図なのですが、サルから人間への進化についてよく引き合いに出されるのは、アウストラロピテクス、ジャワ原人、北京原人、ネアンデルタール人、クロマニョン人などですが、これらについて、ある進化論の解説書は次のように説明されています。

 「人類の中でいちばん古いのは・・・・アウストラロピテクス(南の猿の意)という動物だと言われている。これはサルと人間の中間のものだが、石を割って石器を使う知恵を持っていた」。(竹内均「地球の歴史」NHKブックスP196)
 「アウストラロピテクスよりも少し新しいものには、ジャワ島で発見されたピテカントロプス(ジャワ原人)とか、中国の北京の近くの周口店で発見された北京原人とよばれる人類がある。これらは、五〇万年くらい前に生きていた」。(竹内均「地球の歴史」NHKブックスP196)
 「ネアンデルタール人と呼ばれる、猫背で、がにまたの人類が今から十数万年前に、ヨーロッパや中央アジアや、北アフリカに広く住んでいた」。(竹内均「地球の歴史」NHKブックスP196)
 「今から約五万年前から約一万年前までの時代になると、現在の人類と同じ人間が、広くヨーロッパに住むようになった。この連中を、クロマニョン人という」。(竹内均「地球の歴史」NHKブックスP196)

  進化論者は長い間、人類はアウストラロピテクスなどの「猿人」から、ジャワ原人・北京原人その他の「原人」が出、そこからネアンデルタール人などの「旧人」が出て、最後にクロマニョン人などの「新人」が出てきた、と説明してきました。

しかし最近では、この考えが誤りであることを示す印象的な証拠が、いくつか提出されています。現生人類は、進化論者が「猿人」とか「原人」「旧人」などと呼んだものの生息していたまさにその時代に、すでに生息していたのです。
  米国アリゾナ州トゥクソンにある考古学研究所の所長ジェフリー・グッドマンは、その著「人類誕生のミステリー」の中で次のように述べています。
 「(この結果は)現生人類が、ネアンデルタール人(旧人)に先立ち、すでにホモ・エレクツス(原人)の時代に生息していたことを示すものである」。(ジェフリーグッドマン「人類誕生のミステリー」P17
 「南アフリカの化石や、同じような東アフリカの化石は、ホモ・エレクツス(原人)とホモ・サピエンス・サピエンス(現生人類)とが、まさに同じ地区で共存していたという事実に当面させる。・・・・一言にして言えば・・・・この二つの種は、進化的意味からは無関係であるとの説明を補強するものである」。(ジェフリーグッドマン「人類誕生のミステリー」P182)
 「化石記録は・・・・アウストラロピテクス(猿人)とホモ・エレクツス(原人)とは同時に存在していた・・・・ことを支持している」。(ジェフリーグッドマン「人類誕生のミステリー」P177)
 こうした共存の例は数多く発見されており、いまや現生人類が、「アウストラロピテクス」「ホモ・エレクツス」また「ネアンデルタール人」と同時代に存在していたことは、確実です。
  これは、現生人類がアウストラロピテクスや、ホモ・エレクツスから出てきたのではなく、当初から存在していたという、創造論者の主張を裏づけるものです。
  人類の歴史に「猿人」→「原人」→「旧人」→「新人」というような進化的発展は、なかったということです。グッドマン所長はこう結論しています。
  「最初の新人類は、従来考えられたよりはるかにスマートであったばかりか、それもずっと早くからそうであった」。
 進化論者が、「猿人」とか「原人」と呼んだものは、人類の祖先などではなかったというのです。

  人類の先祖はサルではない

 では、「サルのような動物からヒトへの過渡的状態を示す中間型(移行型)である」と主張されてきたアウストラロピテクスや、ジャワ原人、北京原人、ネアンデルタール人などは、いったい何だったのでしょうか。
  結論から言えば、それらはサルからヒトへの「中間型」などではなかったのです。

ツッカーマン卿は、創造論者ではありませんが、類人猿に似た動物からヒトへと姿を変えていく「化石上の痕跡」は、ひとつもないと述べています。(「インパクト・聖書と科学の会」P3
  先に「中間種」は存在しないということを記しましたが、世界の全化石の二〇%が保存されているシカゴ・フィールド博物館の館長であるデービッド・ロープは、次のように述べています。
  「進化論の立場から生命を説明する上で、化石がそれを証明してくれると思っている人は多い。さて、ダーウィンが『種の起源』を書いてから一二〇年たつ今、化石記録に関する研究は大いに進んだ。しかし皮肉なことに、進化論を支持する実例は、まるで出てこないのである」。(ジェレミーリフキン「エントロピーの法則」P128)
 まるで出てこない。一つもその証拠となるものは出てきていないと言っておられるのです。それでは、今まで進化論を支持する人たちが「進化の証拠」だと主張してきた様々なものは、いったい何だったのでしょうか。

まず、アウストラロピテクスから見てみましょう。
 アウストラロピテクスは、はじめ1924年にレイモンド・ダートの手によって発掘されて以来、サルとヒトの中間である「猿人」とされてきました。しかし今日では、多くの著名な学者の手によって、その考えが間違いであることが明らかにされています。
 たとえば著名な人類学者、ラトガース大学のアシュレー・モンテギュー博士はこう述べています。 「アウストラロピテクス類は・・・・ヒトの直接の祖先にも、ヒトに至る進化の系列にもなり得ない」。(「インパクト」82号P3

アウストラロピテクスは、ヒトの祖先ではなく、まったく異なった他の動物であったようです。解剖学と人類学の教授チャールズ・オクスナード博士が、1975年に発表したところによると、「多変量解析」という方法で調べた結果は、アウストラロピテクスは、ヒトでも類人猿でも、またその中間の移行型でもなく、まったく異なったものであることを示しているとのことです。(「インパクト」82号P2)

アウストラロピテクスは、大洪水以前に生息し、後に絶滅した動物の一種であろう。

 

また最近、リチャード・リーキー博士は、彼が新しく発見したより完全なアウストラロピテクスの前脚と後脚の化石は、この動物が直立歩行をしていなかったことを示している、と述べました。
 アウストラロピテクスは、大洪水以前に生息し後に絶滅した、サルやゴリラに似た動物の一種に過ぎなかったということです。

  「ジャワ原人」や「北京原人」は進化の証拠ではない

  進化論者は、「原人」(ホモ・エレクツス)すなわち最初の人として、「ジャワ原人」や「北京原人」と彼らが呼ぶものを、よく取り上げてきました。しかしこれらは、いずれも今日では進化の証拠としての価値を失っています。
「ジャワ原人」は、1891年、進化論に感化された若者ユージン・デュボアによって発見されたとされていますが、その証拠とされる骨と言えば、頭蓋骨と、歯と、大腿骨だけでした。それら三つの骨からデュボアは、この動物は直立歩行をしていたもので、サルとヒトの中間型であると考えました。そして、
 「ついにミッシング・リンク(失われた環=中間型)を発見した」
 と報じ、この動物をピテカントロプス・エレクツス(直立する猿人の意)と命名しました。
 しかし当時イギリスの科学者らは、「これは正確にはミッシング・リンク(中間型)ではなく、サル的特徴をもつヒトである」と論じました。(ジェフリーグッドマン「人類誕生のミステリー」P60)
  つまり、サルとヒトの中間動物ではなく、サルに似たヒトであるとしたのです。
  また、デュボアの骨に関する説明は、当時の一流の解剖学者ルドルフ・バーコウ博士やW.H.バロウ博士らによって強く批判されました。
  頭蓋骨は大腿骨から15mも離れた所で発見され、歯は頭蓋骨から数mも離れた所で見つかったからです。これらの骨が同一の体に属している証拠は全くありませんでした。それらを同一の体に属するものとして結びつけたものは、デュボアの進化論的想像だけだったのです。

「ジャワ原人」とされた化石は、頭蓋骨の一部と歯と大腿骨だけで、
しかもそれらが同一の体に属していた証拠はなかった。このような
ものから、図右にみるような「ジャワ原人」の絵が描かれた。

また、「北京原人」はどうでしょうか。

「北京原人」も、やはりヒトの骨とサルの骨とが組み合わせられたものだ、と考える人が少なくありません。中国の北京では、サルの脳みそを食べる習慣があり、脳みそを食べた後、サルは近くに捨てられました。それで北京では、サルとヒトの化石化した骨が、近くで発見されることがあるのです。
 「北京原人」の化石と言われたものは、第二次世界大戦中に失われてしまったので、今日私たちはそれを見ることができません。そのため、以前にはできなかった化学検査や、その他の進歩したハイテク技術によって、今日それを調べ直すことすらできないのです。そのようなものを「進化の証拠」と称して教科書にかかげる進化論者の態度には、問題があると言えないでしょうか。
 このように「ジャワ原人」にしても「北京原人」にしても、私たちの手元にあるのは、わずかな骨、あるいは六〇年も昔の発掘記録と、進化論的先入観に満ちた人々の膨大な想像だけです。「原人」と呼ばれるものは他にも幾つかありますが・・進化の証拠としての価値を持っていないということでは、大同小異です。
  進化論を支持する人々は、サルに似た外見をもったヒトの化石が発見されると、すぐさまそれをサルとヒトの中間動物だとか、ヒトの祖先だとか主張してきました。
 しかし私たちは、今日の世界においても、背が低く、腰が曲がって、頭も小さく、顔形もサルに似ていないとも言えない人が、しばしば見うけられることを知っています。実際たとえばバイロン・C・ネルソン博士は、現代の聡明な人物の中にも、「せまい額」や「後退した顎」を持つ人がいる例をあげています。
  「ジャワ原人」にしても「北京原人」にしても、またその他の「原人」と言われたものにしても、人間がサルのような動物から進化してきたという説の証拠とはなり得ません。

ネアンデルタール人は完全に「ヒト」だった

 ネアンデルタール人は、かつては進化論者によって、
 「前かがみで、ひざをひきずり、毛深く、ぶつぶつ声を出し、骨高の額、そしてその下のくぼんだ眼窩から外をのぞきながら、何か獲物はないかと歩いている類人」 として、さかんに取り上げられました。そして、その絵や彫像が、進化論を広めるために長年利用されてきたのです。それは、そうした前かがみで歩く姿が猿の歩く姿に似ているので、進化論者が進化を説明するのに、恰好の材料だったからです。
しかし、『ブリタニカ大百科辞典』には、次のように述べられています。
「一般に普及しているこの人類についての概念、つまり前かがみの姿勢、足をひきずりながらの歩行、そして曲がったひざ、これらは二〇世紀初頭に発見されたネアンデルタール人の一体の人骨の、肢骨のある特徴を誤って解釈したことの産物である」。(ブリタニカ百科事典1965年P152
 二〇世紀初頭に発見されたネアンデルタール人は、その骨の状態から、曲がったひざをもっていて、前かがみで歩いていたものなのだと解釈されました。そして進化論者は、この一体の人骨を、ネアンデルタール人がまだ猿的な要素をもつヒトであったことの証拠として用いました。
 他にもネアンデルタール人の化石は多く見つかっており、それらはみな完全な直立歩行をしていたことを示しているのに、ただ一体の骨から得られた結果が、そのように使われたのです。
 しかし今では、この前かがみのネアンデルタール人は、ひざに、くる病とか関節炎とかの病気をもっていたのだということが、わかっています。生物学者デュアン・T・ギッシュ博士は、こう述べています。
 「今では、これらの『原始的特徴』は、栄養上の欠陥と、病的状態によるものであることがわかっており、ネアンデルタール人は今では完全な人として分類されています」。(「インパクト56号P2」)このようにネアンデルタール人は、完全に「人」でした。
  以上見てきたように、進化論者が人の進化の各段階を示していると主張してきたこれらのものは、いずれも進化の証拠ではありませんでした。
 アウストラロピテクス類は、ヒトでも、「猿人」でも、ヒトの祖先でもありませんでした。それは、大洪水以前の絶滅動物の一種でしょう。ジャワ原人や北京原人も、サルとヒトの中間型ではなく、サルからヒトへの進化の証拠としての価値をもっていません。
 ネアンデルタール人やクロマニョン人は、現代人と同じ人間であり、中間型ではありませんでした。他にも「猿人」とか「原人」と名付けられているものはありますが、いずれも進化の証拠たり得ません。
人と他の動物の間隔を埋めるものは、事実上ひとつもないのです。このように、サルあるいはそれに似たものから、ヒトへと次第に進化してきたという説を支持する真の証拠は、どこにも見当たりません。

世界中の全化石のおよそ20%が保存されているシカゴ・フィールド博物館の館長、デービッド・ロープ氏は、この点について次のように語っています。

「進化論の立場から生命を説明するにあたって、化石がそれを証明してくれると考えている人は多い。さて、ダーウィンが『種の起源』を書いてから120年が経った今、化石記録についての研究は大いに進歩した。しかし皮肉なことに、進化論を支持する実例は、全く出てこないのであるジェレミー・リフキン著『エントロピーの法則2』(祥伝社 1983年)、128P

膨大な数の証拠は、人間ははじめから人間として創造され、しかもその創造は最近のことであったという聖書の記事の正しさを裏付けているのです。

1:26 神は言われた。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」

1:27 神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。(聖書・創世記1章26~27節)

 

言語獲得能力を身に着けるために必要なこと

 

ワシントン大学の学習脳科学研究所所長 パトリシア・クール氏は、「赤ちゃんは語学の天才」と題されたセミナーの中で、言語学的・発達心理学的な側面において、人間の赤ちゃんが言語を習得するのに必要な条件を明らかにしています。セミナーの内容を総括すれば、言語獲得に必要な条件とは、次の三つに集約されます。

条件1 先天的言語能力
条件2 言葉を話しかける親の存在
条件3 臨界期(七歳)

1)先天的言語能力

パトリシア・クール氏によれば、実験の結果、赤ちゃんは世界中のあらゆる言語の音を聞き分ける能力を先天的に持っていることがわかっている。成長過程で、母語の言語を獲得していく中で、徐々に他の言語を聞き分けられなくなっていくのだそうです。

またこの点は、「現代言語学の父」とも評されるノーム・チョムスキー氏の研究成果によっても示唆されています。チョムスキー氏よれば、ヒトの赤ん坊は、全ての言語に共通する共通言語規制を先天的に知っており、さらには自分の母語を正確に構築する知識「言語構築力」をも備えているとのことです。

2)言葉を話しかける親の存在

赤ちゃんが言葉を覚えるのに必要なこと、それは親が言葉を語りかけることです。

クール氏はセミナーの中で、この事実を明らかにしたある実験を紹介しました。それは、アメリカの幼児に台湾語を聞かせるというものであり、台湾人に教師役をお願いし、絵本を用いて赤ん坊に語りかけてもらう、という内容でした。すると、幼児の脳は台湾語に反応し、第二言語習得の準備を始めました。

ところが、台湾人の教師の代わりにテレビ・DVDなどの機械を用いて教育をした時には、赤ん坊の脳に学習反応は起こりませんでした。

このことから、幼児期の母語習得には、言葉を話しかけることのできる生身の人間との人格的交流が必要であることが明らかとなったのです。

3)言語習得の臨界期

母語の習得には「臨界期」があり、それは7歳であることがわかっています。つまり、赤ちゃんは7歳までは語学の天才だが、それ以降は大きく母語習得力が低下していく、ということです。この臨界期の歳については実験によって明らかにされていますが、以下のようなケースにおいても裏付けられています。

ジニー(Genie Wiley

1970年、カリフォルニア州で虐待を受けた児童が発見されました。ジニーは18ヶ月~13歳までの間、密室に閉じ込められて育ったため、家族と会話をすることがありませんでした。施設で保護されて教育を受けましが、100語程度の語彙にとどまり、言語習得に至らなかったといわれています。

アマラとカマラ(Amala and Kamala

1920年、インドのミドナプール(Midnapore)近くの森で、オオカミと暮らす二人の少女が保護されました。シン牧師は少女たちを孤児院に連れて行き育てることにしました。年下の1歳半くらいの女の子は「アマラ」と名付けられ、年上の8歳くらいの女の子は「カマラ」と名付けられました。

1921年、アマラは腎臓の感染症で死亡しました。カマラの方は、30ほどの単語を覚えたのですが、ことばの獲得には至らなかったようです。1929年、カマラは結核にかかり死亡しました。

他にも、野生動物に育てられた子どもの事例は存在しますが、言語習得の臨界期を過ぎてから保護されたようなケースにおいては、言語獲得ができなかったといわれています。

言語獲得の条件を進化論に当てはめてみると、

以上のように、ヒトが言語習得できる条件を考慮した時に、進化論の説明でそれが本当に可能だったのかを考えてみましょう。

私たちの誰もが知っている通り、人と猿とは似ているとはいえ、両者の間には歴然とした差が存在しています。例えば、猿は「キーキー」としか鳴きませんが、人の場合は誰もが複雑な言語を駆使することができます。したがって、普通の猿から普通の猿が何度生まれようとも、両者の壁を越える足掛けにもなりません。

今日の科学の研究成果においては、生物の突然変異体が進化をもたらさないことは明らかとなっていますが、百歩譲って、猿から人間・あるいは猿人への突然変異が起きたと仮定してみます。

猿から突然変異でヒトが生まれた場合

(これはあり得ないことですが)仮に、突然変異によって言語獲得能力を持った人間が生まれたとします。しかし、第二・第三条件である「言葉を話しかける親の存在」と「言語獲得の臨界期」の点で言語は伝達不可能となります。せっかく先天的言語能力を持ったヒトの赤ん坊が生まれてきても、周りにサルの親しかいなければ、何世代それを繰り返そうが、永遠に言語習得をすることは不可能だからです。言葉を話しかける親がいないので、どれだけそれを繰り返しても、言語の習得はできなません。

以上の理由から、進化論の説明では、ヒトの言語能力の起源について筋の通った説明をすることが不可能であることがわかります。

最初の人間はどのように言語習得したのか?

言語獲得の条件を踏まえれば、最初の人間ははじめから完全な言語能力を持って出現したとする考え方が、最も筋が通った説明となります。そしてこの結論は、聖書に記録された創世記の内容とよく調和するものです。

神は創造の第六日目に、最初の人間アダムを創造したが、創造された当初から、神とアダムの間には人格的な交流がありました。そして、神がアダムに善悪の知識の木に関する命令を与えたことや、様々な動物を連れてきて名前を付けさせたことなどからも、アダムが最初から完全な言語能力を持って生まれてきたことは明らかです。

結論4つの理由を要約すると

最後に、進化論の問題点の要点をまとめてみましょう。

  1. 進化途上の生物は生き延びることができない
    あらゆる生命のシステムには、「還元不可能な複雑さ」があり、最初から完成した形で存在する必要があるため、機能が未完成の「途中の段階」にある生物は生き延びることができない。奇形の種は子孫を残すことが出来ない。
  2. この世界の自然法則は進化論を否定している
    この世界の自然法則は、(1)物質は生命を生み出さないこと、(2)そのままでは、進化ではなく退化に向かうこと、(3)生命が生み出され、維持されるためには自然法則を超えた神という存在によって私たちは生かされていることを明らかにしている。つまり、生命の情報の起源は、進化ではなく、創造主による創造であることが証明される。
  3. 猿人の化石を含むあらゆる中間型化石は存在しはい
    人が猿から進化したのであれば、進化途上の中間型の化石が見つかるはずだが、そのようなものは一つも見つかっていない。さらに、猿人だけでなく、他のあらゆる生物の中間型化石も同様に、全く見つかっていない。
  4. 進化では言語獲得が起こらない
    ヒトが言語習得をするためには、7歳の臨界期までに、言葉を話しかける親によって育てられなければならない。しかし、たとえ突然変異で猿からヒトの祖先が何度生まれたとしても、言葉を話せない猿が親であれば、いつまでも言語獲得は起こらない。

 

以上に挙げた4つの理由から、進化論が科学法則や観察される事実に反する仮説であり、聖書の創世記に記録された神による創造説が、生命の起源を説明する上で最も信頼性のある考え方であることがわかります。

私たちは、神の啓示によらなければ、私たちがどこから来たのかを確かに知ることは出来ません。神は聖書を通して、神の存在を語り、人間が神によって創造され、神によって育まれ、日々生かしてくださり、支えられ、守られて今日あるを得ていることを教えています。

聖書にはまた、人類が歴史的に経験してきた苦しみの本当の原因が語られ、それに対する根本的な解決策が示されています。人は皆神と共に生きる存在として創造されましたから、まことの神のもとに行くまでは、真の意味での心の平安を得ることは出来ないのです。